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東京高等裁判所 平成9年(行コ)151号 判決 1999年8月30日

控訴人 遅澤浩一郎 ほか三名

被控訴人 玉川税務署長

代理人 住川洋英 内田健文 ほか二名

主文

一  原判決中控訴人遅澤洋、同遅澤勝三及び同清田哲司に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人遅澤洋、同遅澤勝三及び同清田哲司の訴えのうち更正の取消請求に係る部分をいずれも却下する。

2  右控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  控訴人遅澤浩一郎の控訴を棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人遅澤洋、同遅澤勝三及び同清田哲司と被控訴人との間に生じたものは第一、二審とも右控訴人らの負担とし、控訴人遅澤浩一郎と被控訴人との間に生じた控訴費用は同控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人らの平成四年一二月二一日相続開始(被相続人亡遅澤スミヨ)に係る相続税につき、控訴人清田哲司に対し平成六年一二月七日付けで、その余の控訴人らに対し同月一日付けでした各更正(ただし、いずれも平成七年四月二七日付けでされた異議決定により一部取り消され、かつ、控訴人遅澤浩一郎については平成一〇年六月三〇日付けでされた再更正により減額された後のもの)のうち控訴人遅澤浩一郎については課税価格五四七三万八〇〇〇円、納付すべき税額四九九万九六〇〇円を、同遅澤洋については課税価格七〇八七万二〇〇〇円、納付すべき税額六四七万三二〇〇円を、同遅澤勝三については課税価格八一九〇万一〇〇〇円、納付すべき税額七四八万〇六〇〇円を、同清田哲司については課税価格二二七二万四〇〇〇円、納付すべき税額二〇七万五五〇〇円をそれぞれ超える部分及び各過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成七年四月二七日付けでされた異議決定により一部取り消され、かつ、控訴人遅澤浩一郎については平成一〇年六月三〇日付けでされた変更決定により減額された後のもの)をいずれも取り消す。

(当審において、控訴人遅澤浩一郎は右のように請求を減縮し、その余の控訴人らは更正の取消請求につき右のように請求を拡張した。)

第二事案の概要

一  事案の概要は、以下のとおり付加、訂正をし、次項のとおり本案前の争点についての主張を加えるほかは、原判決「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」(ただし、四を除く。)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五頁八行目の「求めた」を「求めて提訴し、原審は控訴人らの請求をいずれも理由がないものとして棄却したが、当審係属中に、それまで未分割であった相続財産(全部)の分割が行われて、控訴人洋、同勝三及び同哲司(以下「控訴人洋ら三名」という。)はそれぞれ平成一〇年五月二七日に本件各更正に係る課税価格及び納付すべき税額を上回る修正申告(以下「本件各修正申告」という。)をし、控訴人浩一郎に対しては被控訴人が同年六月三〇日付けで減額の再更正(以下「本件再更正」という。)及び減額の加算税変更決定(以下「本件変更決定」という。)をしたところ、控訴人洋ら三名は、なお本件各処分の取消しを求め、控訴人浩一郎は、本件再更正により減額された後の本件更正及び本件変更決定により減額された後の本件賦課決定の取消しを求めている」に改め、同九行目の「本件においては」の下に「、控訴人洋ら三名が本件各更正の取消しを求める訴えの利益があるかどうか(その前提として、本件各修正申告が無効であるかどうか。)が本案前の争点となっているほか」を、六頁一行目の「評価額」の下に「及び過少申告についての正当な理由の有無」をそれぞれ加える。

2  原判決三一頁四行目の次に行を改めて次のように加える。

「5 未分割の相続財産の分割が行われたことによる変動(<証拠略>)

(一) 本件の相続税については、当審係属中の平成一〇年一月二八日にそれまで未分割であった相続財産(全部)の分割が行われたことに伴い、控訴人洋ら三名は、同年五月二七日、被控訴人に対し、控訴人洋については課税価格八三二一万八〇〇〇円、納付すべき税額九二五万四六〇〇円、同勝三については課税価格九五〇四万六〇〇〇円、納付すべき税額一〇五七万円、同哲司については課税価格二五六七万五〇〇〇円、納付すべき税額二八五万五三〇〇円とする修正申告(本件各修正申告)をし、また、控訴人浩一郎に対しては、被控訴人が、同年六月三〇日付けで、課税価格六四三四万五〇〇〇円、納付すべき税額七一五万五八〇〇円とする再更正(本件再更正)及び過少申告加算税額一八万円とする加算税変更決定(本件変更決定)をした(別表一<略>ないし四<略>の順号九の欄のとおり。なお、別表一<略>ないし四<略>は、原判決別表1<略>ないし4<略>に順号九の欄を加えたものである。)。

(二) 被控訴人が本件の相続税について右分割後のものとして主張する課税価格及び納付すべき税額の各算出の根拠は、別表五<略>及び六<略>のとおりであり、これが原判決別表5<略>及び6<略>と異なる点は、右分割が行われたことに伴う点のみである(なお、端数計算によって生じる差異があるのは別論であり、例えば課税価格の合計額についてみると、原判決別表5<略>及び6<略>では二億七四二八万一〇〇〇円であるのに対し、別表五<略>及び六<略>では二億七四二八万四〇〇〇円であって、三〇〇〇円の差がある。)。また、本件変更決定に係る過少申告加算税額一八万円は、控訴人浩一郎についての本件再更正に係る納付すべき税額七一五万五八〇〇円と本件期限内申告に係る納付すべき税額五三四万八八〇〇円との差額一八〇万円(通則法一一八条三項により一万円未満切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した金額である。

右課税価格の算出において、控訴人らと被控訴人との間で争いがあるのは、前同様に本件土地の価額の点についてのみであり、それ以外の点については争いがない。また、仮に本件土地の価額が被控訴人主張の二億八四三〇万七四二五円(本件各更正が前提にした額)であることを前提にすると、課税価格及び納付すべき税額は別表五<略>及び六<略>のとおりとなり、このことは控訴人らも認めている。そして、本件各修正申告における課税価格及び納付すべき税額の各算出の根拠は、やはり別表五<略>及び六<略>のとおりであって、本件各修正申告は本件土地の価額についても被控訴人主張の二億八四三〇万七四二五円であることを前提にしている。

(三) 本件の相続税について、本件各修正申告においては、控訴人洋ら三名は右のとおり本件土地の価額が二億八四三〇万七四二五円であることを前提にしていたが、本訴においては、控訴人らは、従前と同様に本件土地の価額は二億四六二五万九七五一円であることを前提にして、右分割後の課税価格及び納付すべき税額は控訴人浩一郎につき五四七三万八〇〇〇円及び四九九万九六〇〇円、同洋につき七〇八七万二〇〇〇円及び六四七万三二〇〇円、同勝三につき八一九〇万一〇〇〇円及び七四八万〇六〇〇円、同哲司につき二二七二万四〇〇〇円及び二〇七万五五〇〇円であるとし、本件各更正のうち右各金額を超える部分の取消しを求めている。」

3  原判決三一頁五行目の「争点」を「本案の争点」に改め、三七頁一行目の次に行を改めて次のように加える。

「3 過少申告についての正当な理由の有無について

(控訴人ら)

控訴人らは、本件期限内申告書を提出するに当たり、本件土地の価額の評価について、地価の急激な変動のために路線価方式によることができず、かといって課税庁からこれに代わる具体的な評価方法も示されていなかったため、やむを得ず前記のとおり修正路線価を用いて評価したものである。

右によれば、控訴人らの過少申告については正当な理由があるというべきである(なお、そもそも、申告が違法でなければ、過少申告加算税を賦課することはできない。)。

(被控訴人)

控訴人らは、修正路線価という独自の見解に拘泥して申告をしたことから過少申告となったものであり、正当な理由があるということはできない。」

二  本案前の争点(控訴人洋ら三名の本件各更正の取消しを求める訴えの利益の有無)についての主張

1  控訴人洋ら三名

(一) 本件各修正申告のような、相続税について未分割の相続財産の分割が行われたことに伴う修正申告は、税務署長に対し分割が行われたという事実を通知して更正を促すものであって、通則法一九条に規定する修正申告のように税額を確定する効果を有するものではない。

仮にそうでないとしても、本件各修正申告は、民法九三条ただし書により無効である。すなわち、控訴人洋ら三名は、前記のとおり、本件土地の価額は本件各更正が前提にした額と同額であること、したがってまた、課税価格の合計額も本件各更正が前提にした額と同額であることを前提にして本件各修正申告をしたが、それは、右の本件土地の価額及び課税価格の合計額を相当なものとして容認したからではなく、未分割の相続財産の分割が行われたことに伴い、本件各更正により一応確定している税額についての相続人間の負担額の変更の手続及び税額が増加した相続人の延納の手続をするためと、延滞税及び加算税が課されないようにするためであったところ、被控訴人は、控訴人洋ら三名が本件各更正の取消しを請求する本訴を維持していることからして、右のような控訴人洋ら三名の真意を知り、又は知り得たというべきである。

以上のとおりであるから、控訴人洋ら三名には、本件各賦課決定についてはもとより、本件各更正についても、その取消しを求める訴えの利益があるというべきである。

(二) 仮に、本件各修正申告が有効に税額を確定するものであって、これに本件各更正が吸収されるとしても、控訴人洋ら三名は、本件各更正による税額の増加分に対する延滞税の納付義務との関係で、本件各更正が違法であることを理由にその義務の解除を求めるためには、本件各更正の取消しを求める以外に方法がないから、なお本件各更正の取消しを求める訴えの利益がある。

2  被控訴人

(一) 本件のような修正申告も、通則法一九条に規定する修正申告であることに変わりがなく、当該修正申告書に記載されたとおりに税額を確定する効果を有するものである。

また、私人の公法行為である納税申告について、民法の意思表示の瑕疵に関する規定が適用されるとは解し難いが、仮に納税申告について民法九三条ただし書の適用ないし類推適用の余地があるとしても、本件各修正申告について、真意と表示の不一致がないことは控訴人らの主張自体に照らして明らかであるから、これを無効とすることはできないというべきである。

(二) 本件のように増額更正がされた後にその税額を上回る修正申告がされた場合、当該増額更正は、その効力が当該修正申告の効力に吸収され、これと一体となることにより、その外形が消滅して独立の存在意義を失うものであって、当該増額更正の取消しを求める訴えの利益は失われるものというべきである。

なお、修正申告又は増額更正がされた場合、原則として、当該修正申告又は増額更正後の納付すべき税額と当該修正申告又は増額更正前の納付すべき税額との差額(通則法一九条四項三号イ又は二八条二項三号イ)に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないのであり(同法六〇条一項二号、二項)、右のように増額更正がされた後にその税額を上回る修正申告がされた場合において、仮に当該増額更正が取り消されたとしても、当該修正申告後の納付すべき税額と当該修正申告前の納付すべき税額(すなわち、当該増額更正が取り消されたことを前提にすることになるから、当該増額更正前の申告に係る納付すべき税額)との差額に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないことに変わりがないから、延滞税との関係でも、当該増額更正の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  本案前の争点(控訴人洋ら三名の本件各更正の取消しを求める訴え利益の有無)について

1(一)  本件各修正申告のような、相続税について未分割の相続財産の分割が行われたことに伴う修正申告も、通則法一九条に規定する修正申告と同様に、当該修正申告書に記載されたとおりに税額を確定する効果を有するものである。この点に関する控訴人洋ら三名の主張は、独自の見解であって、採用することができない。

(二)  本件各修正申告が民法九三条ただし書により無効であるとの控訴人洋ら三名の主張についてみる。

控訴人洋ら三名は、未分割の相続財産(全部)の分割が行われたことに伴って本件各修正申告を行うに当たり、本件土地の価額について、本件期限内申告において前提にした額(二億四六二五万九七五一円)ではなく本件各更正が前提にした額(二億八四三〇万七四二五円)と同額とし、したがってまた、課税価格の合計額についても、本件期限内申告において前提にした額(二億三六二三万五〇〇〇円)ではなく本件各更正が前提にした額(二億七四二八万一〇〇〇円)と同額(ただし、端数処理に伴って差異が生じるため、二億七四二八万四〇〇〇円)とした上で、課税価格及び納付すべき税額を算出したことは、前記のとおりである。

控訴人洋ら三名の主張によれば、同控訴人らは、本件各修正申告をするに当たり、あくまでも本件土地の価額は二億四六二五万九七五一円とするのが相当であると考えていたが、未分割の相続財産の分割が行われたことに伴い、本件各更正により一応確定している税額についての相続人間の負担額の変更の手続及び税額が増加した相続人の延納の手続をするためと、延滞税及び加算税が課されないようにするために、あえて本件土地の価額を二億八四三〇万七四二五円、課税価格の合計額を二億七四二八万四〇〇〇円とした上で、課税価格及び納付すべき税額を算出したというのである。

そうだとすれば、控訴人洋ら三名は、本件各修正申告をするに当たり、本件土地の価額が二億八四三〇万七四二五円であること、したがってまた、課税価格の合計額が二億七四二八万四〇〇〇円であることを前提にすることには不満があり、それゆえに本件各更正の取消しを求める本訴を維持したままであったものの、本件各修正申告書に記載したとおりに税額が確定することを前提にして相続人間の負担額変更等の手続をしたり延滞税等の課税を回避するために本件各修正申告をしたものにほかならないというべきであるから、本件各修正申告書に記載したとおりの内容の修正申告をする意思で本件各修正申告をしたものといわざるを得ず、真意と表示の不一致はないというべきである。右控訴人らは、本件各修正申告をしてもなお本件各更正の取消しを求める訴えの利益は失われないと考えていたことが窺われるところ、後に判断するとおり右訴えの利益は失われるというほかはないが、この点において右控訴人らの考えと相違するとしても、それは本件各修正申告をする動機において法律の誤解があったというにすぎず、本件各修正申告それ自体につき真意と表示の不一致があるということはできない。

したがって、仮に納税申告について民法九三条ただし書を類推適用する余地があるとしても、本件各修正申告については、これを無効とすることはできないというべきである。

2(一)  本件のように、増額更正がされた後にその税額を上回る修正申告がされた場合、少なくとも本税に関しては、当該増額更正は、その効力が当該修正申告の効力の中に吸収されてこれと一体になることにより、独立の存在意義を失うものと解するのが相当であり、したがって、納税者が当該増額更正の取消しを求める訴えの利益は失われるというべきである。

(二)  控訴人洋ら三名は、本件各更正に係る増差税額(通則法二八条二項三号イ)に対する延滞税の納付義務との関係で、本件各更正が違法であることを理由にその義務の解除を求めるために、なお本件各更正の取消しを求める訴えの利益がある旨主張する。

(1) しかし、修正申告又は増額更正がされた場合、原則として、当該修正申告又は増額更正後の納付すべき税額と当該修正申告又は増額更正前の納付すべき税額との差額(通則法一九条四項三号イ又は二八条二項三号イ)に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないのであり(同法六〇条一項二号、二項)、そうすると、期限内申告に対して増額更正がされた後にその税額を上回る修正申告がされた場合において、仮に当該増額更正が取り消されたとしても、当該修正申告後の納付すべき税額と当該修正申告前の納付すべき税額(すなわち、当該増額更正が取り消されたことを前提にすることになるから、当該期限内申告に係る納付すべき税額)との差額に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないことに変わりがないから、延滞税との関係でも、当該増額更正の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。

(2) もっとも、相続税については、期限内申告書を提出した者は、法三二条一号に規定する事由、すなわち、「法五五条(未分割遺産に対する課税)の規定により分割されていない財産について民法の規定による相続分に従って課税価格が計算されていた場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分の割合に従って計算された課税価格と異なることとなったこと」という事由が生じたため既に確定した相続税額に不足を生じた場合には、修正申告書を提出することができ(法三一条一項)、右のような修正申告書を提出したことにより納付すべき相続税額については、法定納期限の翌日から当該修正申告書の提出があった日までの期間は、通則法六〇条二項の規定による延滞税の計算の基礎となる期間に算入しないとされている(法五一条二項一号ロ)ことから、本件のように、相続税について期限内申告に対して増額更正がされた後に未分割の相続財産の分割が行われたことに伴って修正申告がされた場合には、右(1)のように、仮に当該増額更正が取り消されたとしても、当該修正申告後の納付すべき税額と当該期限内申告に係る納付すべき税額との差額に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないことに変わりがないということはできず、延滞税との関係で、なお当該増額更正の取消しを求める訴えの利益があるのではないか、ということが問題になる。

しかし、右のような延滞税の特則の適用がある修正申告書を提出したことにより納付すべき相続税額とは、未分割の相続財産の分割が行われたことそれ自体による修正により納付すべき相続税額を指し、本件各修正申告のように、それ以外の事由(本件土地の評価の見直し)による修正をも含むものについては、当該修正申告後の納付すべき相続税額から右分割の事由がないものとして計算される納付すべき相続税額を控除した相続税額についてのみ右特則の適用があると解される。

そうすると、本件において、控訴人洋ら三名は、本件各更正が取り消されるかどうかにかかわらず、本件各修正申告後の納付すべき税額と本件各期限内申告に係る納付すべき税額との差額のうち、本件各修正申告後の納付すべき税額から本件の分割がないものとして計算される納付すべき税額を控除した税額については、本件各修正申告書の提出があった日の翌日から完納までの期間についての延滞税を、その余については、法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税をそれぞれ納付しなければならないことになるから、結局、延滞税との関係でも、本件各更正の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。

(3) なお、前記(1)のように、期限内申告に対して増額更正がされた後にその税額を上回る修正申告がされた場合において、仮に当該増額更正が取り消されたとしても、当該修正申告後の納付すべき税額と当該修正申告前の納付すべき税額(すなわち、当該増額更正が取り消されたことを前提にすることになるから、当該期限内申告に係る納付すべき税額)との差額(以下「差額A」という。)に対する法定納期限の翌日から完納までの期間についての延滞税を納付しなければならないことに変わりがないにしても、仮に当該増額更正が取り消されたとすると、差額Aに対する延滞税の税率は、納期限(当該修正申告書を提出した日)までの期間及び納期限の翌日から二月を経過する日までの期間は年七・三パーセントであるところ、当該増額更正が取り消されないとすると、当該増額更正後の納付すべき税額と当該増額更正前の納付すべき税額(当該期限内申告に係る納付すべき税額)との差額(以下「差額B」という。差額Aのうちの一部に当たる。)に対する延滞税の税率は、納期限(当該増額更正の更正通知書が発せられた日の翌日から起算して一月を経過する日)までの期間及び納期限の翌日から二月を経過する日までの期間は年七・三パーセントであるが、その後は年一四・六パーセントであるから、その軽減税率の適用を受ける関係で、当該増額更正の取消しを求める訴えの利益があるのではないかということが問題になり得る。

しかし、延滞税の税率は、原則として法定納期限の翌日から年一四・六パーセントであり、ただ、税額確定後なるべく早期に納付することを奨励する趣旨で、納期限(更正により納付すべき税額については当該更正通知書が発せられた日の翌日から起算して一月を経過する日、修正申告により納付すべき税額については当該修正申告書を提出した日)までの期間及び納期限の翌日から二月を経過する日までの期間は年七・三パーセントという軽減税率を適用することにしたものである(通則法六〇条二項)。

そうすると、当該増額更正を取り消すことによって、差額Bに相当する税額に対しても当該修正申告書を提出した日までの期間及びその翌日から二月を経過する日までの期間について軽減税率の適用を受けるという利益が得られるとしても、その利益は、当該増額更正の後に行われた当該修正申告の存在を前提にすることによって初めて観念し得るものであり、当該増額更正によって侵害された利益が回復されたという関係には立たないものというべきである。しかして、課税処分取消訴訟において訴えの利益が認められるためには、納税者が当該課税処分によって法律上保護された利益を侵害され、これを取り消すことによって右利益を回復し得るというのでなければならないから、右のような場合に、軽減税率の適用を受けるという利益を得るために当該増額更正の取消しを求める訴えの利益を認めることはできないというべきである。

(4) 以上のとおりであって、延滞税との関係でも、控訴人洋ら三名が本件各更正の取消しを求める訴えの利益はないというべきである。

3  以上の次第で、控訴人洋ら三名が本件各更正の取消しを求める訴えの利益はないものといわざるを得ないから、右控訴人らの訴えのうち本件各更正の取消請求に係る部分は、不適法なものとして却下を免れない。

二  本案の争点について

1  本案の争点1(通則法二四条の解釈)及び2(本件土地の評価)に対する判断は、原判決「事実及び理由」欄中「第三 争点に対する判断」の一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  右について敷衍する。

(一) 本案の争点1について

控訴人らは、本件各期限内申告は違法でないとし、そうである以上更正をすることはできないとして、本件各更正は違法である旨主張する。

ところで、国税の税額は、国税に関する法律によって客観的に定まるべきはずのものであり、期限内申告であれ更正であれ、これらに係る税額が国税に関する法律によって客観的に定まっている税額(以下「あるべき税額」という。)と一致しないときは、本来、国税に関する法律に従っていないという意味において違法であるというべきである。ただ、更正に係る税額があるべき税額を下回るときは、当該納税者の権利、利益を侵害するものではないことから、当該納税者がその取消しを求めることはできず(行政事件訴訟法一〇条一項)、その意味において当該更正は適法なものとして扱われることになる。本件のように申告に対する増額更正が行われた場合、当該増額更正に係る税額があるべき税額を下回るときは、当該増額更正は、当該納税者との関係においては適法なものとして扱われるが、国税に関する法律に従っていないという意味においては違法であり、したがってまた、当該申告も、その税額があるべき税額を更に下回るのであるから、国税に関する法律に従っていないという意味において違法であるといわざるを得ない。

右によれば、増額更正の取消訴訟において、当該増額更正に係る税額があるべき税額を上回ることがないということが認められれば、当該増額更正は適法とされ、他方、当該増額更正に係る税額を下回る税額の申告は当然に違法であるということになる。したがって、増額更正の取消訴訟においては、当該増額更正に係る税額があるべき税額を上回ることがないかどうかについて審判をすれば足り、当該増額更正に先立つ申告が違法であるかどうかを独自に審判する意味がないというべきである(当該増額更正に係る税額があるべき税額を上回ることがないと認められれば、当然に当該増額更正に先立つ申告は違法であるということになる。)。

よって、控訴人らの右主張は意味がない。

(二) 本案の争点2について

法二二条は、相続に因り取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるものと規定しており、右にいう「時価」とは、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額(客観的時価)をいうものと解される。

そうすると、相続税についての更正が前提にした相続財産たる土地の評価については、本来、その価額が客観的時価を超えることがないと認められさえすれば、当該納税者の権利、利益を侵害することがないという意味において適法であるということになるはずであり、ただ、評価通達の定める路線価方式によって評価することが運用上の原則になっていることから、一般の運用と異なる評価をすることは、仮にその評価による価額が客観的時価を超えることがないと認められる場合であっても、公平の原則に反するものとして違法とされる場合があるというにすぎない。

したがって、本件のように、評価通達の定める路線価方式により評価すると、その価額が客観的時価を超える可能性があることにより、著しく不適当であると認められる場合には、右路線価方式によることは相当でなく、それ以外の、客観的時価を超えることがなく、しかし客観的時価により近似する価額を求め得るような方式で評価するのが相当ということになる。

右のような見地に立ってみると、路線価は各年の一月一日時点の公示価格の概ね八割程度の価格をもって定められており、かつ、その公示価格は、適正な地価の形成に寄与することを目的として、標準地について自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる正常な価格(すなわち客観的時価)として公示されるものである以上、被控訴人の評価方法すなわち平成四年の路線価を〇・八で割り戻した単価をもって同年一月一日時点における客観的時価を反映したものとし、右単価を基に近隣公示地の同年一月一日時点の公示価格と平成五年一月一日時点の公示価格の変動から算出される平成四年一二月二一日時点(本件相続開始時)での時点修正率を用いた時点修正をして得られた価格を修正単価として、これを路線価方式における路線価に代入するという方法の方が、控訴人らの評価方法すなわち平成四年の路線価を基に右とほぼ同様の時点修正をして得られた価格を修正路線価として用いる方法に比べて、客観的時価により近似する価額を求め得るものであることは明らかである。

この点について、控訴人らは、被控訴人の評価方法では、評価通達の定める路線価方式によれば路線価が評価の安全性の確保の観点から公示価格の八割程度とされていることによって得られるはずの評価上の利益が失われるかのように主張する。なるほど、評価通達の定める路線価方式によれば、路線価が評価の安全性の確保の観点から公示価格の八割程度とされていることから、相続開始時点と当該年の一月一日時点とで価格の変動がないものとすれば、納税者は客観的時価の二割程度の減価という評価上の利益を得られることになるといえる。しかし、右のような利益は、課税当局が全国に大量に存在する相続財産たる土地の評価を画一的に行うに当たり評価の安全性等を考慮して路線価を低めに定めていることによって得られる事実上の利益にしかすぎず、法律上保護された利益ないし法的保護に値する利益ということはできないものであり、本件のように評価通達の定める路線価方式によることが著しく不適当であると認められる場合には、それ以外の方法によって、法が要求する客観的時価により近い価額を求めるべきは当然のことである。もっとも、本件のように評価通達の定める路線価方式によることが著しく不適当であると認められる場合にも、客観的時価の二割適度の減価という評価上の利益が得られるような評価の方法を用いることが運用上の原則になっているというのであれば、本件についてのみ右とは別の方法を用いて右評価上の利益を失わせることは、公平の原則に反して違法であるとされる余地があるが、そのようなことが運用上の原則になっていることを窺わせる資料は全くない。

しかして、被控訴人評価額が客観的時価を超えるものでないことは前記引用に係る原判決の認定判断(六二頁四行目から七〇頁八行目まで)のとおりである。

3  本案の争点3(過少申告についての正当な理由の有無)について

控訴人らは、本件期限内申告書を提出するに当たり、本件土地の価額の評価について、地価の急激な変動のために路線価方式によることができず、かといって課税庁からこれに代わる具体的な評価方法も示されていなかったため、やむを得ず修正路線価を用いて評価したものであると主張するが、評価通達の定める路線価方式によることができないとすれば、法の定める原則に従って客観的時価により近い評価をすべきことは当然であり、右主張のような事由があるからといって過少申告について正当な理由があるということはできない。

他に、右に正当な理由があると認めるに足りる事情は見当たらない。

4  以上によれば、控訴人浩一郎についての本件更正(本件再更正により減額された後のもの)及び控訴人らについての本件各賦課決定(控訴人浩一郎については本件変更決定により減額された後のもの)はいずれも適法であるというべきである。

三  以上の次第で、控訴人洋ら三名の訴えのうち本件各更正の取消請求に係る部分は、訴えの利益がなく、不適法なものとして却下を免れず、右控訴人らのその余の請求及び控訴人浩一郎の請求は、いずれも理由がないものとして棄却を免れない。

よって、原判決中控訴人洋ら三名に関する部分を主文第一項のとおり変更し、原判決中控訴人浩一郎に関する部分は相当であって、同控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫 小野田禮宏 貝阿彌誠)

別表一ないし六<略>

(参考)第一審(東京地裁 平成八年(行ウ)第一一五号 平成九年九月三〇日判決)

主文

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告らの平成四年一二月二一日相続開始に係る相続税について、原告清田哲司に対して平成六年一二月七日付けで、その余の原告らに対して同月一日付けでした各更正のうち、原告清田哲司については課税価格二〇一八万四〇〇〇円、納付すべき税額一八四万三五〇〇円を、その余の原告らについては、いずれも課税価格五八五六万一〇〇〇円、納付すべき税額五三四万八八〇〇円を、それぞれ超える部分及び各過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも、異議決定によって一部取り消された後のもの。)を、いずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成四年一二月二一日に死亡した遅澤スミヨ(以下「スミヨ」という。)の共同相続人である原告らが、右相続に係る相続税について、いずれも平成五年六月二一日に申告をしたところ、被告が、原告遅澤浩一郎(以下「原告浩一郎」という。)、同遅澤洋(以下「原告洋」という。)及び同遅澤勝三(以下「原告勝三」といい、右三名を総称して「原告遅澤ら」という。)に対しては平成六年一二月一日付けで、原告清田哲司(以下「原告哲司」という。)に対しては同月七日付けで、それぞれ更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成七年四月二七日付け異議決定により一部取り消された。以下、右異議決定により一部取り消された後の原告らに対する各更正を「本件各更正」と、右異議決定により一部取り消された後の原告らに対する各過少申告加算税賦課決定を「本件各賦課決定」といい、本件各更正及び本件各賦課決定を「本件各処分」と総称する。)をしたため、原告らが、その取消しを求めた事案である。

本件においては、更正について定めた国税通則法(以下「通則法」という。二四条の解釈並びに相続財産に含まれている別紙物件目録<略>記載の土地(以下「本件土地」という。)の評価額が争点となっている。

一 関係法令等の定め

相続税法(平成六年法律第二三号による改正前のもの。以下「法」という。)では、相続により取得した財産の価額は、原則として、当該財産の取得の時における時価によるものとされている(法二二条)。

そして、右の評価に関して、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日直資五六、直審(資)一七。ただし、本件に適用されるのは、平成五年六月二三日改正前のもの。以下「評価通達」という。)が発出されている。評価通達において、時価とは、相続により財産を取得した日等の課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、評価通達の定めによって評価した価額によるとされ(評価通達1(2))、宅地の価額は、利用の単位となっている一区画の宅地ごとに評価することとされ(同10)、市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価については、売買実例価額、公示価格、精通者意見価格等を基として、宅地の価額が概ね同一と認められる一連の宅地が面している路線(不特定多数の者の通行の用に供されている道路をいう。)毎に国税局長が評定した各年一月一日時点の一平方メートル当たりの価額である路線価に当該土地の面積を乗ずることを基本とし、具体的状況に応じて、それに、奥行価格補正(同15)、側方路線影響加算(同16)、二方路線影響加算(同17)、三方又は四方路線影響加算(同18)、不整形地、無道路地、間口狭小地、崖地等の減価(同20)などの必要な補正を行って算定する、いわゆる路線価方式によることとされているが(同11(1)、13、14)、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価するとされている(同6)。

なお、評価通達1(2)が規定する時価の意義は、地価公示法二条二項が規定する「正常な価格」と同旨であるが、同法一条が予定する標準地に係る正常な価格としての公示価格と比較した場合、評価通達が規定する路線価方式の前提となる路線価については、その概ね八割程度となるよう評定されている(<証拠略>)。

二 争いのない事実等

1 相続の開始(<証拠略>)

平成四年一二月二一日、スミヨが死亡し、相続が開始した。スミヨの相続人は、原告浩一郎(長男)、原告洋(次男)、原告勝三(三男)並びにスミヨの養女和の代襲相続人である原告哲司、手嶋悦子及び清田芳正(以下、右相続人らを総称して「本件相続人ら」という。)である。

2 本件における課税及び不服申立ての経緯(<証拠略>)

(一) 平成五年六月二一日、本件相続人らは、相続財産全部につき未分割であるとし、課税価格の合計額を二億三六二三万五〇〇〇円、納付すべき相続税の総額を二一五七万六九〇〇円とする相続税の期限内申告書(以下「本件期限内申告書」という。)を被告に提出したが、本件期限内申告書に記載された原告らそれぞれについての課税価格、納付すべき税額の内容は、別表1<略>ないし4<略>の各順号一の所定欄記載のとおりである。

(二) 被告は、原告哲司に対して平成六年一二月七日付けで、原告哲司を除くその余の本件相続人らに対して、同月一日付けで、それぞれ、本件期限内申告書の課税価格が過少であったとして、課税価格の合計額を二億八六四〇万一〇〇〇円、納付すべき相続税の総額を三三八三万四三〇〇円とする更正及び過少申告加算税の総額を一二二万四〇〇〇円とする賦課決定を行った(原告らそれぞれに係る右更正及び過少申告加算税賦課決定の内容は、別表1<略>ないし4<略>の各順号四の所定欄記載のとおりである。)。

(三) 本件相続人らは、平成七年一月二七日、前記(二)の更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求め、被告に対し、異議申立てを行い、被告は、同年四月二七日付けで、原処分の一部を取り消し、課税価格の合計額を二億七四二八万一〇〇〇円、納付すべき相続税額の総額を三〇五〇万一六〇〇円、過少申告加算税の総額を八九万一〇〇〇円とする異議決定をし、右決定書謄本は同年五月二日に本件相続人らに送付された。右異議決定による一部取り消し後の原告らに係る課税価格、納付すべき税額及び過少申告加算税額の内容は、別表1<略>ないし4<略>の順号六の所定欄記載のとおりである。

(四) 本件相続人らは、平成七年六月一日、国税不服審判所長に対し審査請求を行ったが、同所長は、平成八年三月二一日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決を行い、原告らは、同年六月一七日、本件訴えを提起した。

3 本件各処分の根拠(<証拠略>)

被告が主張する本件各処分における課税価格、納付すべき税額算出の根拠は、別表5<略>、6<略>記載のとおりであり、その内訳等は次のとおりである。なお、右課税価格算出根拠のうち、原告らと被告との間で争いがあるのは本件土地の評価の点のみであり、それ以外の点については原告らと被告との間に争いはない。

(一) 課税価格の合計額

相続により取得した財産の価額及び債務等の額は別表5<略>の符号<1>ないし<8>のとおりであり、本件相続人らの課税価格の合計額を二億七四二八万一〇〇〇円と算出した(原告ら別の内訳は別表5<略>の符号<11>のとおり。)。

(二) 納付すべき相続税額

右課税価格の合計額二億七四二八万一〇〇〇円から、法一五条に従い、遺産に係る基礎控除として、四八〇〇万円と九五〇万円にスミヨに係る法定相続人数である六を乗じて算出した五七〇〇万円との合計額一億〇五〇〇万円を控除して、課税遺産総額一億六九二八万一〇〇〇円を求め、これに、本件相続人らの各法定相続分(原告遅澤らについては各四分の一ずつ、その余の本件相続人らについては各一二分の一ずつ)を乗じて、通則法一一八条一項を適用して、法定相続分に応ずる取得金額を、原告遅澤らについては各四二三二万円ずつ、その余の本件相続人らについては各一四一〇万六〇〇〇円ずつと算定し、右各金額につき、法一六条所定の率を適用してそれぞれ算出した金額を合計して相続税の総額三〇五〇万一六〇〇円(原告ら別の内訳は別表6<略>の順号<6>のとおり。)を求め、法一七条に従い、右相続税の総額に原告らの各課税価格の課税価格の合計額に占める割合を乗じて(別表6<略>の順号<7>、<8>)、通則法一一九条一項を適用して、原告らの納付すべき相続税額を、原告遅澤らについて各七五七万〇一〇〇円、原告哲司について二五九万七〇〇〇円と算出した(別表6<略>の順号<9>)。

(三) 過少申告加算税額

原告らに対する過少申告加算税額は、本件各更正により新たに納付すべき相続税額につき、通則法一一八条三項、六五条一項を適用して、原告遅澤らについては、それぞれ、二二二万円の一〇〇分の一〇である二二万二〇〇〇円と、原告哲司については、七五万円の一〇〇分の一〇である七万五〇〇〇円と、それぞれ算出した。

4 本件土地の評価

(一) 本件土地の状況等(<証拠略>)

本件土地は、別表7―1<略>記載のとおり、A、B、Cの三つの部分に区分され、A部分(面積一一四・二七平方メートル)は、スミヨから右土地部分を使用貸借で借り受けた原告洋の居宅建物の敷地、B部分(面積二九五・八八平方メートル)は、スミヨの居宅兼アパートの建物の敷地(そのうち、居住用部分の面積は五九・一八平方メートル、貸家建付地部分の面積は二三六・七平方メートル。以下、右居住用部分を「B居住用部分」、右貸家建付地部分を「B貸家建付地部分」という。)、C部分(面積一三五・三平方メートル)は、スミヨから右土地部分を使用貸借で借り受けた原告勝三の居宅建物の敷地となっている。

また、建築基準法の規定により、本件土地については、道路に接している部分について、いずれもセットバックが義務づけられている。

(二) 被告の評価方法(<証拠略>)

被告は、本件各処分に当たり、本件土地の評価については、評価通達によることなく、次の方式により評価し、本件土地の価額を二億八四三〇万七四二五円とした(以下「被告評価額」という。)。

(1) 基本的方式

本件土地を、A、B、Cの部分に区分し、本件土地の面する路線の路線価及び裏面路線に付した仮路線価を用い、路線価は当該年の一月一日時点における実勢価格の概ね八割であるとの前提の上に立って、平成四年度の路線価を〇・八で除して得られた価格を平成四年一月一日時点の価格とし、同日から相続開始日である同年一二月二一日までの時点修正率を、地価公示法六条の規定により公示された標準地である東京都世田谷区新町二丁目四〇一番二所在の土地(住居表示・新町二丁目三四番六号、公示地番号・世田谷―六〇。以下「本件近隣公示地」という。)の同年一月一日時点の公示価格一平方メートル当たり一〇三万円と平成五年一月一日時点の公示価格一平方メートル当たり七四万五〇〇〇円を基に、別表7―5<略>記載の計算式により、平成四年一月一日から同年一二月二一日までの一二か月間の地価下落率〇・二七七を求め、それを用いて、時点修正率〇・七二三を求めて、前記同年一月一日時点の単価を基にして、時点修正を施す方式により、相続開始日である同年一二月二一日時点の単価を求め(以下「修正単価」という。)、右修正単価を評価通達の定める路線価方式における路線価に代入して、本件土地の価格を求める。

(2) 各種補正率等の設定

被告は、本件土地につき、別表7―3<略>記載のとおり、セットバックを要する部分が、A部分につき二三・二八〇一平方メートル、B部分につき二二・〇二八五平方メートル、C部分につき一・〇〇八平方メートルの合計四六・三一六六平方メートルあり、セットバック部分の減価割合を三割とし、別表7―1<略>記載のとおり、B、C部分が面する裏面路線の平成四年度の仮路線価を一平方メートル当たり六九万円と付し、不整形地補正率を、別表7―4<略>記載のとおり、B部分が〇・九九、C部分が〇・九八とし、B貸家建付地部分に係る借地権割合を七割、借家権割合を三割とした。なお、B居住用部分については、租税特別措置法(平成六年法律第二二号による改正前のもの。)六九条の三第一項により、六割の減額(以下「小規模宅地等特例減価」という。)が行われることとされている。

(3) 本件土地の課税価格の算定

被告は、本件土地をA、B、Cの各部分に分け、それぞれの部分が面する路線価を〇・八で除したものに、時点修正率〇・七二三及びB部分については不整形地補正率〇・九九、C部分については同〇・九八を乗じて得られた単価を基礎として、それに各部分の面積を乗じて得られた金額から、セットバック部分の減価分として、右単価にセットバック面積を乗じ、更に、セットバックによる減価割合三割を乗じて得られる金額を控除して、各部分の自用地としての価格を求め、それを合計して、本件土地の自用地としての価格の算定を行ったが、その具体的計算式は、別表7―6<略>記載のとおりであり、A部分の価格を七四六五万八九一二円、B部分の価格を一億七八五八万二〇一九円、C部分の価格を八二四九万九〇五八円と算定した。

B部分については、更に、B貸家建付地部分、B居住用部分のそれぞれの面積に応じた自用地価格を求め、B貸家建付地部分については、借地権割合七割と借家権割合三割との乗を減価割合とする貸家建付地減価を施し、また、B居住用部分については、小規模宅地等特例減価をして、別表7―7<略>記載の計算式により、B貸家建付地部分の価格を一億一二八六万一九二八円、B居住用部分の価格を一四二八万七五二七円と算定した。

そして、B部分の右各価格にA部分及びC部分の各自用地価格を合算した二億八四三〇万七四二五円をもって、本件土地の課税価格とした。

(三) 原告らの評価方法(<証拠略>)

原告らは、本件土地については、次の方式により評価し、本件各期限内申告に当たり、本件土地の価額を二億四六二五万九七五一円とした(以下「原告ら評価額」という。)。

(1) 基本的方式

本件土地を、A、B、Cの部分に区分し、本件土地の面する路線の平成四年路線価一平方メートル当たり七七万円を基礎として、別表9<略>記載のとおり、近隣標準地七地点の平成四年公示価格に対する平成五年公示価格の割合を求め、その平均値七三・五パーセントにつき、三六五日を母数として、平成四年一月一日から相続開始日である同年一二月二一日までの日数三五五日に案分した割合を基礎として、時点修正を加え、相続開始日において適用すべき路線価(以下「修正路線価」という。)を一平方メートル当たり五七万一五四〇円と算定し、右修正路線価を基に、相続開始時点の本件土地の価格を求める。

(2) 各種補正率等の設定

原告らは、本件土地につき、別表8<略>記載のとおり、セットバックを要する部分が合計四五・八一六六平方メートル(被告が前提としたセットバックを要する部分の合計面積との差異は、角切り部分の面積を〇・五平方メートルとした(原告ら)か、一平方メートルとした(被告)かの相違による。)あり、セットバック部分の減価割合を三割、B部分の貸家建付地部分に係る借地権割合を七割、借家権割合を三割(いずれも被告の計算と同じ。)としたほか、奥行価格補正率、奥行長大補正率を各〇・九八とした。

(3) 本件土地の課税価格の算定

原告らは、本件土地の自用地としての価格につき、修正路線価五七万一五四〇円に、奥行価格補正率、奥行長大補正率各〇・九八を乗じて得られた単価を基礎として、それに本件土地の面積を乗じて得られた金額から、セットバック部分の減価分として、右単価にセットバック面積を乗じ、更に、セットバックによる減価割合三割を乗じて得られる金額を控除して、本件土地の自用地としての価格を二億九一八五万六〇七六円と算定したが、その具体的計算式は、別表10<略>記載のとおりである。

次に、B部分のうち、B貸家建付地部分については、被告の評価方法と同様の貸家建付地減価を施し、また、B居住用部分については、小規模宅地等特例減価をして、別表11<略>記載の計算式により、B貸家建付地減価額を二六五九万六九二〇円、B居住用部分減価額を一八九九万九四〇五円と算定した。

そして、本件土地の自用地としての価格二億九一八五万六〇七六円から右各減価額を控除した二億四六二五万九七五一円(なお、A、B、C各部分別の価格は別表12<略>記載のとおりである。)をもって、本件土地の課税価格とした。

(四) 不動産鑑定士による評価額(<証拠略>)

被告が依頼した不動産鑑定士清岡明による平成四年一二月二一日における本件土地の更地としての正常価格の評価額は三億六二〇〇万円(一平方メートル当たり六六万四〇〇〇円)である(<証拠略>。以下「被告鑑定」という)。これに対し、原告らが依頼した不動産鑑定士吉海正一による平成四年一二月二一日における本件土地の更地としての正常価格の評価額は二億六四五四万三二五〇円(一平方メートル当たり約四八万五〇〇〇円)である(<証拠略>。以下「原告ら鑑定」という。)。

三 争点

1 更正について定めた通則法二四条の解釈について

(原告ら)

申告納税制度のもとでは、納税者のなす当初申告額が納付すべき税額を第一次的に確定する効果を持つというシステムが採用されており、通則法二四条の文言上も、税務署長の調査による更正は「その他」として概括される副次的要件と解すべきであるから、更正を行い得るのは、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が「国税に関する法律の規定に従っていなかったとき」に限定されると解すべきである。したがって、本件各更正についても、被告において、本件期限内申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が「国税に関する法律の規定に従っていなかった」ことを主張、立証しなければならないところ、原告らは相続税法に従って適法に本件各期限内申告を行っており、また、相続財産に含まれる土地の評価については一義的に決まるものではなく、幅のある概念であるというべきところ、原告らの評価方法も合理性を待ったものであるのであるから、原告らの本件各期限内申告は違法とはいい得ないものというべきであり、被告において、原告らの本件各期限内申告が違法であるとの主張、立証をしていないのであるから、本件各更正は同条に違反してなされた違法なものである。

(被告)

通則法二四条は、税務署長に、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等が、その調査したところと異なる場合に、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正することを認めた規定であって、同条が規定する「納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき」とは、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等が税務署長がした調査と異なる一場合であって、この場合以外にも、納税申告書に記載された課税標準等又は税額等が税務署長の調査したところと異なる場合が多数予想されるため、これを「その他」として並列的に掲げたものである。そして、本件各更正は、本件期限内申告書に記載された課税標準等又は税額等が、その調査したところと異なるとして、同条に基づきなされたものである。

2 本件土地の評価額について

(被告)

本件各更正の前提とした本件土地の被告評価額は、評価通達を適用して求めた価額が高額に過ぎ、評価通達によることなく評価をすべき場合に該当し、その評価方法が、相続開始日における本件土地の客観的交換価値としての時価を求めるために、本件土地の平成四年一月一日時点における実勢価格を求め、これに相続開始日までの時点修正率を乗ずるという極めて合理的なものであることに加え、<1>被告鑑定の評価額、<2>近隣標準地の公示価格を時点修正した後の価額、<3>社団法人東京都宅地建物取引業協会刊行の「地価図」における価額、<4>時点修正、場所的修正をした後の取引実例価額が、いずれも被告評価額を上回っており、適法な価額というべきである。

(原告ら)

いずれも不動産鑑定士が本件土地を鑑定評価した結果である原告ら鑑定と被告鑑定とで評価額が異なっていることからも、土地の適正な時価とは、相対的な幅のある概念であるというべきところ、原告らの本件土地の評価方法は、二年度間の路線価の連結による時点修正という、地価下降局面において極めて合理的な方式によっているのであるから、それによって得られた原告ら評価額をもって、適正な時価ではないということはできないものであり、したがって、本件各更正はいずれも違法というべきである。

四 証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一 更正について定めた通則法二四条の解釈(争点1)について

1 法は、相続税につき申告納税方式を採用している(法二七条)ところ、申告納税方式は、納付すべき税額は納税者のする申告により確定することを原則とするものの、その申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合には、税務署長の処分により確定するものである(通則法一六条一項一号)。そして、更正(通則法二四条)は、納税申告書の提出があった場合において、「その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるとき」に、税務署長の調査により税額を確定する税務署長の処分に該当することになる。

2 そして、通則法一六条一項一号においては「その申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかった場合」と「その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合」とが規定されており、法令用語としての「その他」の用法に照らせば、右の二つの場合は並列の関係にあることは明らかであり、「その他」との表記がこれに先行する文言を超える意味を有しないとか、先行する文言を補充する副次的なものにすぎないと解すべきものではない。そして、通則法二四条においては、税額確定方式を規定する通則法一六条一項一号中の「税額」との文言を納税申告書の記載事項に即して(通則法一九条一項各号列記以外の部分、二条六号)、「課税標準等又は税額等」とし、「場合」を表すのに「とき」が用いられているのであって、その趣旨は通則法一六条一項一号について既に説示したところと異なるものではない。すなわち、税額は、国税に関する法律に規定された課税標準等の算定の要件となる具体的な事実(課税要件事実)の認定及び右事実についての法律の適用によって算出されるものであるところ、税務署長が納税申告書を調査した結果、そこに記載された事実を前提としても法律の規定に従っていないために税額が過少となる場合に更正をなし得ることは当然であるが、かかる場合のみならず、税務署長が調査により真実と判断したところに照らして課税要件事実について過誤があると認められる場合にも更正をなし得るのである。

以上によれば、税務署長の処分である更正(通則法二四条)は、税務署長の調査したところと納税申告書に記載された課税標準等又は税額等が異なる場合にはなし得るものというべきであって、更正を行い得るのは納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が「国税に関する法律の規定に従っていなかったとき」に限定されるとは解されないのである。

したがって、原告らの主張は採用することはできない。

3 この点につき、原告らは、申告納税方式においては申告により税額が確定することが原則であることから、更正の適法性を主張するためには、更正の要件として申告の違法性を明らかにすることが必要である旨主張する。

しかし、納税申告書の内容が税務署長の調査の結果と異なった場合を例外的場合として、かかる場合に更正を許容することは、通則法一六条の規定する申告納税方式が予定するところというべきであり、税務署長の調査による更正は申告納税方式と何ら矛盾するものではないのである。

また、納税申告又は更正の適法性とは、課税要件事実の正しい認定及びこれに基づく税額計算の法規適合性にあるから、仮にこれらの点に関する過誤が納税者に有利に作用する場合であっても、国税に関する各法律の適用を誤ったという意味で、違法と観念されることになる。しかし、税務署長の調査の限界又は認定対象が評価的要素を含むこと等から課税標準の算定基礎となる数値について手堅い数値を採用することは課税の謙抑性によって是認されるし、また、納税者に有利な事由は納税者の権利を侵害する違法性はないから、納税者との関係で当該処分を取り消し得べき違法ということはできない(行政事件訴訟法一〇条一項参照)。したがって、すべての課税要件事実を正確に捕捉し、国税に関する各法律を適用した場合に算出されるべき課税標準等又は税額等に比して更正に係る課税標準等又は税額等が下回ったとしても、更正は適法とされ、その結果、更正の取消訴訟における更正の適法性とは、更正に係る課税標準等又は税額等があるべき課税標準等又は税額等を下回ることと理解されるのである。しかし、このことから、あるべき課税標準等又は税額等を下回る納税申告が適法となるものではないのである。

なお、税務署長の「調査したところ」とは「調査により真実と判断したところ」を意味することは既に説示したとおりであり、訴訟においては、税務署長の調査したところの真実性について税務署長が立証責任を負担するのであるから、前記の説示が税務署長の恣意を許したり、申告納税方式の趣旨を損なうものでないことも明らかというべきである。

二 本件土地の評価(争点2)について

1 本件各更正の内容と原告らの主張との相違点は、原告らの課税価格の算定基礎とされた本件土地の価額の評価であるから、右に説示したとおり、更正に係る被告評価額が法二二条に規定する時価以下であるときは、本件各更正は適法であり、被告評価額を下回る原告ら評価額が法二二条に規定する時価以下であること(仮に原告ら評価額による更正がされた場合に、これが適法とされること)は、本件各更正の適法性を覆すものではない。

なお、相続財産中の土地については、評価通達により評価することが運用上の原則となっているから、評価通達に合理性がある限り、一般の運用と異なる評価をすることは、仮にその結果が法二二条に規定する時価を超えない場合であっても、公平の原則に違反するおそれがあるというべきであるから、まず、この点を検討する。

2 評価通達に定める路線価方式について

(一) 法二二条は、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得時における時価によるものとし、評価通達においては、「時価」を、相続により財産を取得した日において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額と定義している。時価の意義を右のように定義すると、法の予定する「時価」とは、取得時における客観的時価をいうことになるから、相続により取得された土地の時価の算定方法としては、鑑定評価理論に従って個々の土地について個別的、具体的に鑑定評価することが、一般的にいって最も正確な方法ということになる。

(二) しかし、課税対象となる土地は全国に大量に存在し、個々の土地についてすべて個別の鑑定を行うことは著しく困難であり、不動産鑑定士による鑑定評価額についても、原告ら鑑定の評価額と被告鑑定の評価額との相違を見ても明らかなように、同一の土地の同一時点における鑑定評価額であっても、鑑定評価を行う者が異なれば、異なる鑑定評価額となる可能性が存するのであるから、市街地的形態を形成する地域にある宅地の評価につき、路線価方式により、客観的な基準に基づき算定することを予定している評価通達の定めによって評価した価額をもって、相続財産の時価とすることを原則とすることは、全国に大量に存在する課税対象土地について、相続財産の評価方法の基準化を図り、評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消するという観点から、法が予定する「時価」への接近方法として合理性を有するものということができる。

(三) このように、評価通達に定める路線価方式は、個別的鑑定によることなく各年の一月一日時点を基準として評定される路線価に基づいて当該年に相続によって取得された宅地の評価を一律の方法で行うという手法によることになるから、路線価方式により算定された評価額が、当該宅地の取得時における客観的時価と一致しない場合が生ずることも当然に予定されているものというべきである。そして、路線価方式により算定される評価額が客観的時価を超えないときは、納税者に対する違法な侵害を構成するものではなく、路線価方式に実務的合理性があることも考えれば、路線価方式による評価は、法の趣旨に合致するものと解することができる。しかし、路線価方式により算定される評価額が客観的時価を上回る場合には、路線価方式により算定される評価額をもって法が予定する時価と見ることはできないものというべきであり、かかる場合には、評価通達の一律適用という公平の原則よりも、個別的評価の合理性を尊重すべきものというべきである。

路線価の付設に当たっては、各年の一月一日時点の公示価格の概ね八割程度に評定するという運用が行われているから、通常は、路線価方式による評価額が客観的時価を超えることはないと予想されているものと解されるが、それでもなお、路線価方式により算定される評価額が客観的時価を上回る場合には、評価通達6に定める評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合に該当するものということができる。

3 路線価方式による本件土地の評価

前記争いのない事実等に基づき、評価通達を適用して、路線価方式により、本件土地の更地価格を算定してみると、別表7―2<略>記載のとおり、三億七一四九万二七二九円となり(なお、A、B、C三画地ごとの評価方式を採用する場合には、本件土地全体を一区画とする補正はすべきではない。)、原告ら鑑定はもちろん被告鑑定の評価額をも上回る結果となることが認められる。したがって、評価通達に基づいて算定した更地価格及び各鑑定の評価額を基礎として、B部分に関する貸家建付地減価及び小規模宅地等特例減価をして求められる本件土地の各価額は、前者によるものが後者によるものを上回ることとなる。

4 被告が評価通達によることなく本件土地の評価をしたことについて

以上によれば、評価通達の定める路線価方式により算定した本件土地の評価額をもって法が予定する時価と見ることはできないおそれが認められるものというべきであるから、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合(評価通達6)に該当するというべきである。

なお、原告らは、評価通達6においては、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価するとされているところ、被告の行った本件土地の評価は国税庁長官の指示に基づいてなされたものではないとして、本件各更正は、被告の権限外の判断による本件土地の評価に基づくものであると主張する。しかしながら、評価通達は、あくまで、国税庁内部における上位の行政組織から下位の行政組織に対する、評価に当たっての基準及び手続の指示という性格を有するものであって、評価通達自体が対外的に法規範と同様の効力を有するものではなく、既に説示したとおり、本件各処分の適法性は、原告らの課税価格を算定するに当たり被告が調査によって採用した本件土地の価額が客観的時価以内にあるか否かによって判断されるものであるから、仮に、被告が、本件土地の評価を評価通達の定める路線価方式によらずに行うに当たり、国税庁長官の個別的な指示を得ていなかったとしても、そのことの一事をもって、被告の行った本件土地の評価、ひいては、それを基礎としてなされた本件各処分が違法となるべきものでないことは明らかである。

5 被告が採用した本件土地の評価方法の合理性について

(一) 被告による本件土地の評価方法は、前記第二の二4(二)のとおり、評価通達に基づき付設されている路線価が毎年一月一日時点の時価の八割であることを前提として、本件土地が沿接する路線に係る路線価及び評価に当たって裏面道路に付設した仮路線価を〇・八で除すことにより得られた単価を、平成四年一月一日時点の客観的時価を反映したものとし、右価額を基に、本件近隣公示地の平成四年一月一日時点の価格と平成五年一月一日時点の価格の変動から算出される平成四年一二月二一日時点での時点修正率を用いた時点修正を行って得られた価額を修正単価とし、それを評価通達が定める路線価方式における路線価に代入することにより平成四年一二月二一日時点での本件土地の時価を求めるというものである。一方、評価通達の定める路線価方式は、法が予定する時価への接近方法として合理性を有するものであるところ、路線価方式においては、一年間の地価変動に対応し、評価の安全性を確保する観点から、各年の一月一日時点の公示価格に比べて路線価をその概ね八割程度に評定するという運用が行われており、路線価方式に基づいて算定された本件土地の評価額が客観的時価を上回っている可能性がある場合、その原因としては、平成四年一月一日時点の時価に比べて、同年一二月二一日時点の時価までの下落率が、前記の公示価格を基準とした約二割の減価率を超えたことによることが考えられる。そうだとすれば、同年一月一日時点の単価を求め、それを時点修正して同年一二月二一日時点の修正単価を算定した上で、路線価方式における路線価に右修正単価を代入するという被告の評価方式の基本的考え方自体は合理性を有するものというべきであるし、運用上の原則とされている評価通達による評価ともかい離するところが少ないものということができ、時点修正率の算定についても、その合理性を否定するような事情は窺われない。

(二) 原告らは、被告が平成四年一月一日時点の路線価を〇・八で割り戻して得られた単価をもって、同日時点の時価を反映したものとする点について、路線価は公示価格の概ね八割程度であるということはいえても、本件土地に係る路線価が時価の八割であるとは限らないし、二割の減価の中には、一年間の地価変動に対応するという要素と評価の安全性を確保するという要素が含まれているとしながら、〇・八で割り戻すことは、評価の安全性の確保の観点からなされている減価分もなくしてしまうということになってしまうと主張する。たしかに、本件土地に係る路線価が時価の八割であるとは断じ得ないことは原告らが指摘するとおりであるが、前記のとおり、路線価は毎年一月一日の公示価格の概ね八割となるよう付設されており、公示価格は、適正な地価の形成に寄与することを目的として、標準地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる正常な価格として公示されるものであり(地価公示法一条、二条二項)、<証拠略>によれば、路線価の地価公示価格又は基準地価格に対する割合は、ごく一部の例外を除いて、八〇パーセント弱であって、本件土地と同町内にある基準地に対する割合は、平成四年において八〇パーセントであることが認められる。また、評価通達の定める路線価方式は、個々的な鑑定評価とは異なり、土地の価格形成要素のすべてを網羅するものではなく、典型的な価格形成要素についての大数的基準による評価を積み重ねて客観的時価に接近する方法であり、個別的算定要素中に具体的実情に必ずしも沿わないものがあったとしても、評価通達に定める路線価方式に準拠した評価額が客観的な時価を超えないときは、右評価をもって違法ということはできないものというべきところ、被告が前記の方式による時点修正を施した修正単価を路線価方式における路線価に代入して本件土地の評価を行っていることに照らせば、仮に本件土地に係る路線価を〇・八で割り戻すことにより得られる単価が本件土地の平成四年一月一日時点の時価と一致しなかったとしても、右修正単価を路線価方式における路線価に代入して得られた被告評価額が客観的な時価を超えないときは、右評価をもって違法ということはできないものというべきである。

6 被告評価額が、本件土地の客観的な時価を超えないものであるか否かについて

(一) 被告評価額の計算における本件土地の自用地としての価額三億三五七三万九九八九円は、被告鑑定の評価額三億六二〇〇万円を下回っており、また、<証拠略>によれば、被告鑑定に当たって算出された本件近隣公示地の価格に基づき算出された本件土地の単位規準価格六五万八〇〇〇円を基礎として、本件土地面積を乗じた自用地価額は三億五八九〇万六一〇〇円となるから、被告評価額は右価格を下回っていることが認められる。

したがって、被告鑑定の評価額又は右鑑定における単位規準価格に基づく被告評価額におけるのと同様のB部分の貸家建付地減価及び小規模宅地等特例減価をした価額は、被告評価額を上回ることになる。

(二) しかしながら、前記のとおり、被告評価額は原告ら評価額を上回り、被告評価額における本件土地の自用地としての価額は原告ら鑑定の評価額二億六四五四万三二五〇円を上回っている。そこで、原告ら評価額、原告ら鑑定の評価額について検討する。

(三) まず、被告評価額が原告ら評価額よりも高額である点につき検討するに、前記両評価額の算定方法に照らせば、両評価額の差異の主たる原因は、被告評価額は、路線価を〇・八で割り戻して修正単価を求めているのに対し、原告ら評価額においては、割戻しをせずに、修正路線価を求めている点にあるものということができる。すなわち、被告評価額は、年初に定められる路線価が当該年における相続財産の価格評価に用いられるという運用を前提として、公示価格に概ね〇・八を乗じた価格をもって定められていることから、右〇・八の割戻しによる年初の時価を想定し、路線価方式に価格変動による最小限度の修正を施すものであるのに対して、原告ら評価額は、路線価を年初の確定的時価であると擬制して以後の価格変動による修正を施そうとするものであるから、公示価格が客観的時価に近似するものであるとすれば、むしろ、被告評価額の方が客観的時価に近似するものということができる。ともあれ、いずれの評価方式も路線価方式の修正であって、本件土地自体の客観的時価を評定するものではないから、原告ら評価額が被告評価額を下回ることは、被告評価額が客観的時価を超えることを論証するものではない。

次に、原告ら鑑定の評価額につき検討するに、<証拠略>によれば、原告ら鑑定は、取引事例比較法を重視し、公示地価格との均衡に留意し、収益還元法を参考にしてなされたものであるところ、その取引事例比較法における比較対象として採用した五件の取引事例のうち三件は、異なる売主から同一の買主に対して一括売却された、隣接した一団の土地を形成する物件に関するものであり、その中には、細い通路でのみ接道している土地も含まれており、右土地の取引単価は、他の隣接地に比べて極端に低くなっており、他方、被告鑑定が採用した取引事例四件は、いずれもが独立した取引事例であって、採用した取引事例四件の対象土地は原告ら鑑定が採用した取引事例の対象土地(右一団の土地を形成する三件を除く。)に比べて、本件土地に近接した位置に所在していることが認められるのであるから、取引事例の採用の仕方においては、原告ら鑑定に比べ、被告鑑定の方がより適切であったというべきであり、また、原告ら鑑定における時点修正率は平成四年一二月から平成五年一一月までで一一パーセントというものであって、原告ら評価額における時点修正率(年率)二六・五パーセントに比しても、著しく低いものといわざるを得ないのであって、その結果、原告ら鑑定においては、取引事例比較法に基づく比準価格がより低額になっているものと認められる。したがって、そのようにして求められた比準価格を採用した原告ら鑑定の評価額をもって本件土地の客観的時価ないしそれに接近した価額であるとはいい得ないものというべきである。

(四) なお、原告ら鑑定、被告鑑定のいずれも同一公示地(本件近隣公示地)の公示価格を基に本件土地の規準価格を算定しているのに、両者に相違が存する。ところで、両鑑定において取引事例比較法による比準価格は規準価格の約一・〇一倍という関係にあることが認められるから、本件土地付近の土地と本件近隣公示地との価格比は一・〇一対一程度であることが窺われる。そうだとすると、原告ら鑑定における取引事例比較法による比準価格に疑問があることは既に認定したところであるから、原告ら鑑定における規準価格にも疑問なしとしないのであり、また、原告ら鑑定が採用している一四九分の一〇〇という大幅な地域格差率の判断根拠も明らかとはいい得ないものというべきである。

(五) したがって、被告評価額が原告ら評価額及び原告ら鑑定の評価額を上回っているということから直ちに、被告評価額が本件土地の客観的時価を上回っているということはできず、前記のとおり、被告評価額が被告鑑定の評価額に基づく被告評価額におけるのと同様のB部分の貸家建付地減価及び小規模宅地等特例減価をした価額を下回っており、被告鑑定の評価額の適正性を疑わしめる事情は窺えないのであるから、被告評価額は、本件土地の客観的時価を上回るものではないというべきである。

三 本件各処分の適法性

以上によれば、本件土地の時価を被告評価額として、前記第二の二3記載の根拠に基づいてなされた本件各処分は、いずれも適法というべきである。

第四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚 團藤丈士 水谷里枝子)

物件目録<略>

別表<略>

以上

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